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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)1816号 判決

原告 東京都

右代表者知事 美濃部亮吉

右指定代理人 岡本正

〈ほか三名〉

被告 奥野健

右訴訟代理人弁護士 中村又一

被告 鳰佳代子

右訴訟代理人弁護士 奈良岡一美

当事者参加人 沼田幾蔵

右訴訟代理人弁護士 浅田清松

同 音喜多賢次

主文

一、原告と被告らとの間において、別紙目録記載の土地が原告の所有であることを確認する。

二、被告奥野健は、原告に対し、前項の土地につき所有権移転登記手続をせよ。

三、被告鳰佳代子は原告に対し、第一項の土地につき昭和三九年一月三〇日東京法務局新宿出張所受付第一、八一九号をもってなした同日付売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

四、参加人の請求はいずれも棄却する。

五、訴訟費用のうち、原告に生じた費用は被告らおよび参加人の負担とし、被告らと参加人との間においては、全部参加人の負担とする。

事実

原告指定代理人は、主文第一、第三項と同旨および「被告奥野健は原告に対し別紙目録記載の土地につき、昭和一九年一二月一七日付売買による所有権移転登記手続をせよ。右請求が認められないとき、被告奥野健は原告に対し、別紙目録記載の土地につき、昭和二〇年一二月二八日東京区裁判所中野出張所受付第三二六号をもってなした回復登記および昭和三九年一月三〇日東京法務局新宿出張所受付第一、八一七号ならびに第一、八一八号をもってなした相続による各持分所有権移転登記の、それぞれ抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、参加人の請求に対し、主文第四項と同旨および「参加人と原告との間の訴訟費用は参加人の負担とする。」との裁判を求めた。

被告鳰佳代子訴訟代理人は、原告の請求に対し、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との裁判を求め、参加人の請求に対し、「参加人の請求を棄却する。訴訟費用は参加人の負担とする。」との裁判を求めた。

被告奥野健訴訟代理人は、原告の請求に対し、請求棄却の判決を求めた。

参加人訴訟代理人は、「別紙目録記載の土地につき、参加人が持分二分の一の所有権を有することを確認する。被告鳰佳代子は参加人に対し、別紙目録記載の土地につき、参加人の持分二分の一とする更正登記手続をせよ。」との裁判を求めた。

原告指定代理人は、請求原因として、

一、原告は昭和一九年一二月一七日、被告奥野健の先代奥野宗太郎より、同人所有の当時の東京都淀橋区戸塚町三丁目八七番の一、宅地一二坪六勺((実測九坪七合六勺(三二・二六平方米)))および同町三丁目八七番の六、宅地五坪二合((実測一一坪二合(三七・〇二平方米)))を防空用地として買収し、即刻それぞれ原告のため所有権移転登記手続をなした。

二、昭和二〇年頃戦災のため右登記簿が全部焼失したが、原告は、当時の司法大臣告示に基づく期間内に回復登記(不動産登記法第二三条)をしないまま現在に至った。ところが一方前記奥野宗太郎は、右告示に基づき原告の所有となっていた前記八七番の一、八七番の六の土地を含む宅地七六坪五合三勺(二五二・九九平方米)につきこれを一筆の東京都淀橋区戸塚町三丁目八七番の一の土地とし、昭和二〇年一二月二八日東京区裁判所中野出張所受付第三二六号をもって回復登記手続をしてしまった。

三、もっとも原告は、回復登記手続はしなかったものの、第一項記載の八七番の一の土地については東京法務局新宿出張所昭和三八年五月三〇日受付第一二、五七八号をもって、また同八七番の六の土地については同法務局同出張所昭和三五年二月一一日受付第二、七〇〇号をもって、それぞれ所有権保存登記手続をなしたのであるが、前項記載のとおり、右各土地を含む宅地七六坪五合三勺(二五二・九九平方米)につき、先に奥野宗太郎により回復登記手続がなされていたので、実質はともあれ形式的には宗太郎の回復登記手続が先になされていて優先するという、法務省の見解のもとに、昭和三九年四月一五日付で、同法務局同出張所から、原告の右各所有権保存登記を抹消した旨の通知をうけたのである。

四、昭和二二年六月一二日奥野宗太郎は死亡し、第二項記載の同人の回復登記にかかる八七番の一、宅地七六坪五合三勺(二五二・九九平方米)の土地は、その妻奥野ヤヲが三分の一、実子被告奥野健が三分の二の持分の割合で相続したとされ、さらに昭和二八年一月七日、奥野ヤヲが死亡し、同人の相続人被告奥野健がヤヲの右持分権を相続し、結局同被告の単独所有となったとされ、その結果昭和三九年一月三〇日東京法務局新宿出張所受付第一、八一七号の所有権移転登記(奥野宗太郎の死亡による相続登記)、同日同法務局受付第一、八一八号の持分所有権移転登記(奥野ヤヲの死亡による相続登記)の二つの登記手続により、右土地は登記簿上被告奥野健の単独所有として表示されるに至り、さらに同年同月同日、被告奥野健と被告鳰佳代子の間で、右土地売買の契約がなされ、同日、東京法務局新宿出張所受付第一、八一九号をもって被告鳰佳代子のため、所有権移転登記手続がなされるに至った。なおその後、昭和三九年四月一八日、奥野宗太郎の回復登記にかかる右八七番の一の土地は、八七番の一、八七番の九、八七番の一〇の三筆に分筆され、第一項記載の従前の八七番の一、八七番の六の各土地は登記簿上東京都新宿区戸塚町三丁目八七番の一、宅地一八坪四合五勺(六〇・九九平方米)を以て表示される土地となった。

五、以上のとおり、原告は被告奥野健の先代奥野宗太郎より別紙目録記載の土地を買収し、その所有権を取得しているのであるから、宗太郎は右土地所有権を喪失し同人の地位を承継した被告奥野健は原告に対し、右土地の回復登記を抹消するか、所有権移転登記手続に協力すべき義務を承継するに至り、また原告は、現在登記がなくとも奥野宗太郎からの本件土地買収を被告鳰佳代子に対抗できるので、原告は所有権に基づき、請求の趣旨どおりの判決を求める。原告の所有権取得が被告鳰に対抗できる理由は、次のとおりである。

(一)  不動産登記法第四条の法意は、要するに登記の欠缺を主張することが著しく信義則に反する場合には、その者に対して登記なくして対抗できる趣旨である。ところで、別紙目録記載の土地を被告奥野健から譲り受けた実質的な当事者は、被告鳰佳代子の夫鳰悦次郎である。同人は、別紙目録記載の土地が種々問題があり、そのことを訴外西部鉄道株式会社より詳細に説明されて熟知していたにもかかわらずこれを買受けてその所有名義を変更することにより、原告の登記簿上の権利を喪失させ、多大の利益を得ようとする意図があり、所有名義人を妻の被告鳰佳代子にしたのも、そのあらわれである。かかる場合形式的名義人の被告鳰佳代子は、原告の登記の欠缺を主張しうる正当な第三者といえないし、これを認めることは信義則に反する。

(二)  奥野宗太郎は原告に別紙目録記載の土地を売渡し即刻移転登記手続をしたことにより、絶対的に無権利者となった。これを無視して奥野宗太郎がなした回復登記は実体的権利を欠き無効であり、登記に公信力のない民法の下では、被告鳰佳代子が所有権を取得するはずがない。登記は対抗力の発生の要件であり、一度登記がなされればその対抗力は法律の規定する消滅事由を生じない限り存続する。そして不動産登記法第二三条は、回復登記期間徒過の場合対抗力が消滅する趣旨を含むものではない。

よっていずれにしても原告の所有権取得は被告鳰に対抗できる。

と述べた。

被告鳰佳代子訴訟代理人は答弁として、請求原因第一項の事実は全部不知、同第二ないし第四項の事実は全部認め、

(一)  仮に原告主張のとおり、原告が奥野宗太郎より別紙目録記載の土地を買受け、そのころ移転登記手続を経由したとしても、登記簿が焼失し回復登記期間を徒過したことにより右登記の対抗力が消滅したから、被告鳰佳代子には原告の所有権取得を対抗できない。不動産登記法第二三条は右趣旨を含むものと解さなければ存在意義がない。

(二)  被告鳰佳代子が被告奥野健から別紙目録記載の土地を譲り受けた経過については、それ以前に鳰悦次郎が同被告のため、同被告の第三者に対する債務弁済に尽力したことから、同被告が感謝し、鳰夫妻に右土地を含む分筆前の八七番の一の土地を贈与する申込みがあり、昭和三八年一〇月頃被告鳰佳代子が右申込みを承諾したのであって、鳰夫妻は被告奥野健と原告の建設局職員との間にいかなる交渉があったか、その他同被告が右土地を悪質な不動産業者を介し他に売却すべく画策したかなど全く関知しないところであって、鳰夫妻は回復登記を信頼していたのである、

と述べた。

参加人代理人は、請求原因として、別紙目録記載の土地は参加人と被告鳰佳代子が被告奥野健より共同で買受け、各二分の一の持分権を有することとしたものであるが、被告鳰は参加人不知の間に無断で原告主張のとおり同被告の単独名義に所有権移転登記手続をしたものである。よって参加人は別紙目録記載の土地の二分の一の共有持分権に基づき右持分権確認ならびに被告鳰に対し参加の趣旨どおりの更正登記手続を求める、と述べた。

原告指定代理人は、参加人の主張に対する答弁として、参加の理由たる事実は全部不知。仮に右事実が認められるとしても、請求原因で主張のとおり、右売買は効力がないし、仮にそうでないとしても、参加人は登記手続を経由していないから、原告に持分権の確認を求めることは失当である、と述べた。

被告鳰佳代子は、参加人の主張に対する答弁として、参加の理由たる事実中、参加人主張の登記手続をなした事実は認めるが、その余の事実は否認する、と述べた。

証拠≪省略≫

理由

≪証拠省略≫を綜合すれば、原告は昭和一九年六月一一日奥野宗太郎より同人所有の当時の東京都淀橋区戸塚町三丁目八七番の一、宅地一二坪六勺(三九・八六平方米)実測九坪七合六勺(三二・二六平方米)、同町三丁目八七番の六、宅地五坪二合(一七・一九平方米)実測一一坪二合(三七・〇二平方米)を、同人の承諾のもとに代金二、三六八円四八銭で防空用地として買受け、同年一二月一七日それぞれその旨の所有権移転登記手続がなされた事実を認定することができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

そして、昭和二〇年頃、戦災により右各登記簿が焼失し、原告は当時の司法大臣告示に基づく期間内に回復登記(不動産登記法第二三条)手続をしないままに経過するうちに奥野宗太郎は、昭和二〇年一二月二八日右告示に基づき前記各土地を含む宅地七六坪五合三勺(二五二・九九平方米)について、これを同人所有の一筆の東京都淀橋区戸塚町三丁目八七番の一の土地として東京法務局新宿出張所受付第三二六号を以て回復登記手続をなし、昭和二二年六月一二日同人が死亡し、その回復登記にかかる右八七番の一の土地は、その妻奥野ヤヲが三分の一、実子被告奥野健が三分の二の持分の割合で相続し、ついで昭和二八年一月七日、奥野ヤヲが死亡し、同人の相続人被告奥野健が右ヤヲの持分権を相続し、結局同被告の単独所有とされ、その結果昭和三九年一月三〇日東京法務局新宿出張所受付第一、八一七号の所有権移転登記(奥野宗太郎の死亡による相続登記)、同日同法務局同出張所受付第一、八一八号の持分所有権移転登記(奥野ヤヲの死亡による相続登記)の二つの登記手続により、右土地は登記簿上被告奥野健の単独所有として表示されるに至り、昭和三九年四月一八日右奥野宗太郎の回復登記にかかる八七番の一の土地が、八七番の一、八七番の九、八七番の一〇に分筆され、結局原告が昭和一九年六月一一日奥野宗太郎より買受けた前記八七番の一、八七番の六の各土地の登記簿上の表示は、別紙目録記載の東京都新宿区戸塚町三丁目八七番の一、宅地一八坪四合五勺(六〇・九九平方米)の一筆の土地となった事実は、いずれも当事者間に争いがない(但し、被告奥野健、参加人は、いずれも右事実を明らかに争わないので、自白したものとみなす)。

さらに、≪証拠省略≫によれば、昭和三九年一月頃、被告奥野健と被告鳰佳代子、参加人との間で右分筆後の八七の一に該当する土地を他の土地とともに、被告鳰佳代子、参加人が、持分を各二分の一の割合として共同で買受ける旨約した事実を認定することができ、右認定に反する証人鳰悦次郎の証言は措信しがたく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。そして、前記分筆前の八七番の一の土地は、登記簿上昭和三九年一月三〇日東京法務局新宿出張所受付第一、八一九号をもって被告鳰佳代子が被告奥野健より単独で買受け所有権を取得した旨の所有権移転登記手続がなされたことは当事者間に争いがない(但し、被告奥野は明らかに争わないので自白したものとみなす)。

そこで本件各請求の当否を判断するに、被告鳰佳代子は、原告が奥野宗太郎から本件土地を買受け、その頃その旨移転登記手続がなされたとしても、戦災により登記簿が焼失し、当時の司法大臣告示による不動産登記法第二三条の回復登記期間の徒過により、原告の右所有権取得は対抗力を失ない、その後別紙目録記載の土地の所有権を取得し移転登記手続を経由した被告鳰佳代子に対抗できないと抗争する(もっとも、被告鳰佳代子は参加人と共同で各二分の一の持分の割合で買受けたと認定されることは、前記のとおりである。)。

しかしながら、奥野宗太郎は右土地を原告に売渡しその移転登記手続をなしたことにより、右土地の所有権は完全に原告に移転し、奥野宗太郎は絶対的に無権利者となったのであって、その後登記簿が焼失し原告が回復登記期間を徒過したからといって、一旦絶対的に無権利者となった同人が再び所有権を回復するに至ることはなく、また不動産登記法第二三条は、回復登記期間の徒過により、所有権移転登記の対抗力が消滅する趣旨を含むものと解すべきでないことは、既に最高裁判所の判例とするところであって(最高裁判所昭和三四年七月二四日第二小法廷判決、民集第一三巻第八号一一九六頁参照)、当裁判所も右判例の見解に従うのを相当と考える。

そうすると、奥野宗太郎の相続人である被告奥野健および奥野ヤヲは、別紙目録記載の土地の所有権又は共有持分権を相続により取得するに由なく、右両名のなした前記各相続による所有権移転登記、持分所有権移転登記は、実体的権利を欠き、無効な登記であって、抹消さるべきものという他なく、また被告鳰佳代子、参加人も、無権利者である被告奥野健より売買により右土地の所有権を取得するに由なく、被告鳰佳代子のなした前記所有権移転登記も実体的権利を欠き、無効な登記であり、抹消さるべきものである。もっとも、被告鳰佳代子の右登記が抹消される結果、被告奥野健が登記簿上別紙目録記載の土地の所有名義人となるのであるから、同被告のなした前記相続による登記を抹消するに代えて、相続により奥野宗太郎の売主の地位を承継した同被告に対し、原告は奥野宗太郎との間の前記売買による所有権移転登記手続を求めうるものといわなければならない。

以上の次第で、原告の被告らに対する請求(被告奥野健に対しては第一次的請求)はいずれも理由があるのでこれを認容し、参加人の請求はすべて理由なきに帰するのでこれを棄却し、民事訴訟法第八九条、第九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 長利正己 加藤英継)

〈以下省略〉

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